2023.1.10
所信表明
2022年を振り返ってと言われたら、「最悪な1年だった」と答えるだろう。
部分的に見れば楽しかったことも沢山あったけど、肝心なところで体調を崩したり、崩れたバランスをいつまでも平衡に戻せないままずるずる引き摺ったり、
そういう時って本当に何もうまく行かなくて、うまく行くイメージも持てなくて、自分で私まじで冴えないなぁと思いながら過ごす毎日は本当に最悪でしかなかった。
という感想。
長年共にしてきたものを手放したとき、それは心の拠り所をひとつ失うということで、充分覚悟をして臨んだことだったけど思ったよりダメージが大きくて、私という人間の在り方が分からなくなってしまった。
手に入れる前の自分が思い出せない、手放したあとの生き方が分からない、そんな具合ででも誰かに頼る訳でもなく1人でずっとうじうじうじうじ過ごしてたワケ。最悪。
自分の心がいまどういう状態なのか、なぜこんな状態なのか、自分は何に幸せを感じていて何に傷ついたのか、
かなりじっくり時間をかけて熟考してようやくボヤけた輪郭が見えてきて、そこでやっと少しずつ思考をアウトプットできるようになって、やっと息ができるようになってきたのが9月の終わり。
思考は整理できてきたけど、モヤモヤが晴れることはなくて、色々自分なりに試してみたものの不安定さは拭えなくて、本当に自分何やってんだろうなーーーと考えながら日々過ごしていたら立て続けに体調を崩してしまいそのまま迎えた年末。(2022年は計4回、高熱に倒れました。だいじょぶそ???)
一番大事にしたかったけど、大事に育てられなかった人間関係があって、
その上手くいかなさに蓋をするように他のことに目を向け続けた結果、東リベの夢女になったりジャニオタに回帰したりみたいな趣味充実イベはあったけど、
それより何より、後回しにしないで気付いたら即アクション、ちゃんと色んな感情に早々に向き合えてたら良かったのかな、と振り返り反省。
年始は新しいことを始めるのに最適なタイミングとはよく聞くけど、今年に関してはこの私ですらも納得理論。
年末、体調こそ崩してしまったけど早めに休みをもらったので、この年末年始はトータル2週間くらいの休暇を過ごさせてもらった。
今までも1週間くらいの休みはあったけど全然気持ちが切り替えられなくて、いつもどこか頭の片隅に仕事が居て心休まらなかったんだけど、今回は完全に会社スマホの通知もオフにして過ごした。
年明けに友と韓国旅行に行って、これは自分でも予想していなかったんだけど、この2泊3日の旅行が思っていた以上に気分転換の後押しとなった。
これのおかげで新しく 2023年がスタート した感じがした。
一緒に旅行へ行った友人の前向きな姿勢に触れ続けたからか、この年末年始に読み込んでいた本に出てくる素敵な女の子の生き方に心打たれたからか、久しぶりの家族と案外上手く過ごせたからか、単純に年明けだから、考えてみると色々な要因はありそうだけど、
ここまで心が晴れやかでスッキリした凪の状態があまりにも久しぶりすぎて超感動しています。
年が明け仕事初めを迎え、この休み中にたまった仕事を夜遅くまで捌き続けて、いつまでこんな風に働き続けるんだろう?と疑問を抱く頻度が以前より増した。
私は今の仕事から何を得ている?何を与えられている?それは今後も何かの為になること?
社会的に意味のある仕事をしているのは間違いないが、私がやり続ける意味とは?
問うたところで何かをすぐに変えられるわけじゃないけど、自分がどう在りたいか、を、社会人生活も10年過ぎたところで今一度考え直してみるのはアリな気がする。
ということで新年のリフレッシュした気持ちを利用して日々ノートを付けようと思い立ち、なんとなく習慣化に成功した。
この1年はインプットばかりするのではなく、自分と向き合ってアウトプットする時間も大切にしようと思います。
これは余談だけど、この情報過多社会でひたすらにインプットし続ける生活をしていると、脳みそが休まらない=脳疲労状態に陥る事があるそう。情報を整理しきれず、物忘れが激しくなったりする症状もあるらしいが、私はまさにそれ。
日常的にメモを取る習慣があるので大きな事態にはなっていないけど、ちょっと本当に病気を疑うレベルで物忘れの酷さを感じるので、柄じゃないけど生活に少しばかりのマインドフルネスタイムなどを設けようと思う。
また進捗があったら書きます。
私のこの1年の生活方針についてのお話しでした。
2022.7.27
もうすぐ煙草を辞めて1ヶ月が経過しそう。
ほぼ30日間、何かを継続したのは本当に久しぶりかもしれない。
ニコチンパッチを使って段階的にニコチン中毒から離れて行く計画だったけど、そもそも普段のニコチン摂取量とパッチの供給が合ってなかったのか(電子タバコに切り替えていたからか?)、あまり身体に合わなかったので初っ端ニコチン断ちをした。
最初の1週間は離脱症状(と低気圧)と思われる頭痛と怠さで大変な生活を送っていたけど1ヶ月も経てばさすがに慣れつつある。
久しぶりに新しい(しかも健康的な)習慣を身に付けられた事にとても嬉しくなっちゃったんだけど、よくよく考えてみると、
今まで続けていたことを“やらなくなる”ことは案外簡単なのかもしれない。行動に移さなければ良いだけだから。
新しく何かを始める時、新しい習慣を作りたい時、今までの空白の時間に新しい行動を組み込むのは本当に意識しないと全く続かない。全く習慣化しない。
それは意志の強さなのか?単純に記憶力の問題なのか?私がいつまで経っても読書を習慣化できない背景を考えるとどちらも影響していそうだが。
「新しく習慣化したいのであればまずは30日間続けましょう」と説いているTED talksを見たけど、それができれば正直苦労しない。
それができないからいつまでたっても新しい習慣を得られないというのに。
とにかく新しく獲得したい習慣=目標は細分化して、小さなことから取り組むのが一番良さそう。
「毎朝ウォーキングする」という目標を立てたけど雨だったり体調不良だったり単純に眠かったりでなんとなく続けられなくなったとき、「毎朝のウォーキング」から「とりあえず毎日のウォーキング」に目標を変えることで、1日最低限の運動量を保てるようになった。これも最近の私の大きな成長。
今後もこうやって、小さな目標からこなしていけるようにしよう。
という備忘を書きたかった今日でした。
追伸
最近眠くなると本当に瞼が持ち上がらなくて、目がガチャピンみたいになってしまう。
歳だよね。なんかサプリとか飲めばもう少し開眼するのかな。瞼の筋肉…
2022.7.17
またしても昨日の日記を翌朝書く
IKEAに1人乗り込み、1人ミートボールを満喫し、バカデカハイチェアを抱きかかえ1人帰路に着く。
どんなに引きずろうと誰も手を差し伸べてくれない。
甘っちょろい私は泣いちゃいそうだったよ。
1人じゃない感覚を知っていると、1人が途端に寂しくなるな。
甘えたい人に甘えられない自分がもどかしくてもどかしくて好きになれません。
ハイチェアは簡単に組み立てられた。
煙草をやめても小休憩でキッチンに向かう習慣が抜けなくてなんとなく彷徨いてしまうから、いっそキッチンでのんびり出来るようにとハイチェアを導入してしまった。
完全に立ち飲みバーと化してた我が家のキッチンがほんの少しグレードアップした。
自炊は得意じゃないけど好きになりたい。
彼がなんだか思い悩んでいるらしい。
1人のことなら打てる手はあるかもしれないけど、2人のことだと打ち明けてくれないと私に何が出来るか分からない。
そういう小さなコミュニケーション不足の積み重ねが信頼を崩していく。愛想をすり減らしていく。
考えることが億劫なのはしょうがないけど、そういう何か、難しいけど考えなくてはいけないことにぶつかった時にあなたは、私を含め全てシャットアウトしてしまう、逃げてしまう人なのねと少し悲しくなったよ。
私はもう先に進んでしまいたいよ。ごめんね。
そんな感じ。